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日本人にとって「宗教」とは何か

日本人にとって宗教とは何か、という問題を語るとき、私達は大概、「宗教心」と「宗教」を混同していることからしてその考えの躓きをはじめてしまっています。あるいは「信仰」と「信念」ということを混同することもよくやらかしてしまう。これらの躓きに慣れているせいで、「日本人と宗教心」というテーマは、幾重にも考えにくいふうにされてしまっているのが常です。

 たとえば「日本人は無宗教である」ということをいう人は、「完全な無宗教」とは何か、ということについて答えられるのでしょうか。生物学的な修辞をえいば、人類は数万年前から、目の前で親が死ぬことが何となく気になりはじめた、とされている。死の認識ということは「否定」や「無」の認識可能性ということと絶対的に不可分ですから、まずは言語が生まれ、そののちに他人の死(在ることについての「否定」「無」)の認識すなわち「他人がない」「他人がいなくなる」を通じた後、自分の「死」を他者の交換可能なものに把握する段階に至り、そしてやがて、「死」を説明するためのいろんな御伽噺は神話を考え付くようになった。死への認識の始まりと、死についての御伽噺の中間に、「哀しみ」という感情が生まれているわけです。
  この時点のいずれにおいても、もちろん宗教教団など発生してはいません。しかし「宗教心」は発生しているといいうるでしょう。するとこの数万年前の、目の前の親の死が何となく気になりはじめ、そして、段々と「哀しみ」に至り始めたとき、「宗教」があったのかどうか。たとえば、この「哀しみ」自体は「無宗教」なのでしょうか。
  あるいは「信仰」と「信念」について、イスラム原理主義者の政治的テロリズム行為やキリスト教原理主義者の避妊病院の爆破行為などについて、「信仰心の強さ」として彼らの畏敬や畏怖を賞賛したり批判したりする日本人がいます。しかしこうした行為は何ものかを崇め奉る「信仰」ではなく、「信仰」によって担保されている「信念」というべきでしょう。彼らの猛然とした宗教戦争的行為は信仰心から発している行為かもしれませんが、しかし同時にほとんど無思慮というべき他者否定行為は、プリミティヴな「信仰」とはいいがたいと思います。
 たとえば、宇宙や存在についておそろしく純粋な問いを発する子供たちは、決して宗教的原理主義者のような勇気、信念をもたない。しかし子供たちは「信仰」についてはまったき純粋でより完全に近い存在だ、といえるでしょう。世界や他者の存在に驚き、感動し、感謝する。「信念」の段階に至ると、こうしたプリミティヴな精神は失われてしまいます。そういった驚き、感動、感謝を失うからこそ、世界や他者を、自分の信じる宗教に従い否定できるからです。平和な世界の宗教団体形成行為や維持行為も、基本的に「信念」のレベルの宗教の問題です。そういうことを考えれば、「原理主義者」と縁遠い日本人の宗教的感情は、単に「信念」の面で劣っているにすぎず、果たして「信仰」を有していないのか、といえば、まったくそうはいえない面をもっているともいえるでしょう。

  しかし、この類の話は私はどうも苦手な話題です。まず自分自身が宗教を語る資格がないのではないか、と思えるほどに霊感に乏しい。もちろん、霊感と宗教心ということも混同しやすいものだ、ともいえるでしょうけれど、しかし霊感はやはり何かの宗教的な才覚、感覚の一部ではないかと思います。霊感とは、オカルティズムによって定義されるものではなく、「この世界を感覚的にいったん離れる才覚」と定義すべきでしょう。「感覚的」ということが大切で、たとえば哲学というのは、この「感覚的」が「言語的」と入れ替わることになるわけですね。

 たとえば私は何年か前に或る急性の病で、これは大袈裟な話ではなく真面目な話、あやうく死にかけたのですけれど、そのときのことを今でもときどきぼんやり考えます。
 気持ちも、実際の容態も(医師は、あと半日病院に搬送されるのが遅ければ完全に危なかった、といいました)「死」を激しく意識しなければならなくなったそのとき、自分でも、自分の存在的な危機の時間だ、と感じていました。「自分にとって宗教的な時間」としかいいようのない「時の訪れ」でした。しかし自分は決して宗教的救済を必要とする気持ちを感じませんでした。少なくとも自分にとって、死後の世界を保証してくれる意味での宗教はいっさい不要、であるという確信を感じたのです。つまり自分がこのまま自分が永遠に「無」になること、数十万年も数十億年も目覚めない、ということをさりげなく受け入れることができてしまったように思えてしまった。

 竹山道雄さんが、若いときの不意の昏睡体験で、死後の世界の不在を確信してしまったそうですけれど、私にとって、あの数日間の「死」への無感情ということが、どうもある種の「無宗教体験」を形成してしまっているようです。多くの世間の書で語られているような臨死体験その他、いっさいの擬似的「死後」体験はそこにありませんでした。もちろんこれも「死」そのものの経験ではないので、私の経験は少しも絶対性をもちませんが、やはりどうにも「死後はない」という直観が、私に固定されてしまいました。
  いうまでもなく「無宗教体験」も「宗教体験」と同様、日時が過ぎると、鮮明な記憶が鈍ってきてしまいます。健康体である今の方が、遥かに「死」は恐怖なのです。だから健康体である今、宗教について書くと、あの瀕死のころの気持ちに反して、「自分には宗教が必要である」とつい軽々といってしまいそうで、宗教の話をなるべくしないで、いつまでも救われないでいたい。この私の逃避的な感性の構図が、「死後はない」ということをさらに重く証明してしまうようにも思えます。
  唯物的な意味でしかない、「死」と「生」の交錯は、誰にでも起こりうるものです。もし宗教的な経験、超越的経験といいことなら、この交錯のどこかの瞬間に、「何か」の侵入が起こりうるはずだ、といえます。しかし私には起きなかったのです。
  しかしあらためて、この凡庸さは、果たして「宗教」ということの必要が、私にとって絶対起きないものだ、ということを意味しているのでしょうか?

 たとえば、必ずしも死後の世界を欲する、ということだけで宗教を必要とする人間が後を絶たないわけではありません。 
 儒教の開祖の孔子は、死後の世界についてたずねられたとき、自分は何も知らない、と公然と言いました。つまり儒教は死後の世界を知らない宗教なのですが、ここでまず、宗教とは何か、ということそのものが問題になります。
 死後の世界を知らない儒教が宗教でない、という意見もないわけではありませんが、まず社会学的に「宗教」とは、戒律をはじめとする行為規範をもたらすものである、と定義されます。行為規範とは「モラル」と言い換えてもいいかもしれませんが、その定義に従えば、血縁や政治を厳しく規定する儒教も、たとえ死後の世界のビジョンをもたなくても、宗教である、ということがいえるわけです。
 この定義に従えば、「宗教」の範囲はぐっと広がるような気がしてくる。そして「死」の問題でなく、「自由」の問題こそが宗教の本質である、ということになるといえましょう。人間が生きる上でどうしようもなく負荷になるための「自由」を拘束するものとして、宗教なるものが存在するわけです。原始的神話の世界にあっても、その神話が「死の説明」であると同時に、複雑かつ精緻な規範を描きだし、円環的な時間の社会、すなわち「冷たい社会」の時間の根拠であると考えるレヴィ・ストロース的な考え方と、社会学的な宗教の定義ということは、意外に近いところにある、ともいえるでしょう。
 
  私達は自由をより多く得れば得るほど、その自由に不安を抱かざるをえない存在なのですけれど、その不安は「不自由への欲望」というものが私達の本能の一種であることを意味します。国家も家族も結婚も宗教的根拠を欠いたものであれば、最初から「不自由への欲望」を満たしてくれるものではありません。たとえば国家の意味からネーションを抜いて、ステートの意味にますます限られてきている現代日本の「国家」など典型です。私達は納税や経済不況といった「不自由」と等価値の「自由」を、ほとんど形而上学的根拠を喪った(喪わせた)日本という国家に求めなければならない、という思考法を当然に受け入れてしまっています。(最近の)結婚も然り。しかし宗教はいつまでも最初から、私達を「不自由」においてくれるわけです。
 私達が「不自由への欲望」という本能から自由にならない限り、21世紀になろうが22世紀になろうが、私達の世界からどうも宗教は消えてなくならない、ということがいえるわけです。いわざるをえない、ともいえます。言い換えれば、宗教は現世的であればばるほど、「永遠」に存在し続けることになる、というふうにもいえましょう。私達は「自由」という絶対的不安を預ける場所として、宗教の存在を必要とするのです。
 しかし私達の「自由=不安」の預け場所として、私達の世界とともに宗教が共存できるかというと、とてもそんなことがいえそうにないのもまた、周知の通りです。信仰と信念の問題についていえば、「信念」の問題を行為規範としての宗教・「自由」を拘束するものとしての宗教は解決してくれるでしょうが、「信仰」の問題は解決してくれはしない。たとえば、きわめてプラグマティックであり現世的であるとされる儒教でさえ、超越的世界に対して決して禁欲的ではないことにも注目しなければなりません。たとえば孔子は、確かに死後の世界を知らないとはいいましたが、神秘的世界について旺盛な関心をもっていました。孔子に拠らずとも、先祖崇拝・同姓世界崇拝を最大の根拠とする儒教社会の人達が、先祖や同姓族の死後の世界に対して無関心であったなどということは、普遍的解釈からすればまったくありえないともいえます。儒教は、「死」を説明しえない宗教かもしれませんが、しかし「死」に無関心な宗教ではないのです。
 
  もし行為規範・自由の面だけから「宗教」を定義してしまえば、いったいどういうふうに「宗教」の範囲は広がってしまうのか?
 たとえば、宗教感情と宗教教団・教義というものを区別して考えれば、後者の「宗教」は、もはや宗教の体をなしていないのではないか、といえるほど、私達の「自由」のサイズにあったものに変貌してしまっています。「自由のサイズにあったもの」ということはつまり、私達の自由の不安のサイズにあわせて不自由を導いてくれる、ということです。たとえば「汝、偽証するなかれ」という戒律は、どんな状況においてもその戒律を守らなければならないというある意味で異常な掟ですが、その掟に縛られるという不条理が、逆に人間に宗教的感性や宗教的思考を可能にしてくれるということでもあるのです。ところが現代的な新興宗教には、こうした異常なほどに正直であることによって宗教的な戒律というものはない。「状況によっては偽証してよいが、偽証の仕方によっては不幸になる」というふうに、スマートに受け入れられやすいようになっています。新興宗教の何が「新興」といういかがわしさかといえば、すなわちこのような行為規範のスマートすぎる形である、といえるわけです。
 たとえば、人生の根本的な意味を考えることとは別の意味での人生ゲームの指針を与えるに過ぎない自己啓発セミナーが、あるいはネズミ講という資本主義世界でのマネーゲームを悪質に教えるに過ぎないグループが宗教団体化しています。確かにこれらも、「自由」の果てしなさに疲れ果て、そして行為規範を求めてそれに集う人々です。そうした団体も、社会学定義に従えば、明らかに「宗教」だと言わなければなりません。
 つまり宗教団体とは、かならずしも死後の世界へのビジョンを提示している団体ばかりとは限らない、といえます。「信念」は旺盛かもしれない。しかしこれら現代的宗教団体の大半が、「信仰」を、せいぜい数代しか続かないリーダーの忠誠心に向ける虚しいものに限定しています。「信念」ならば、精神力だけ必要な「ゲーム」であっても差し支えないのです。国家転覆を目論んだ例のカルト教団も、ヨガ道場という、健康指導の世界から生まれて進化したのです。私達の「不自由の欲望」のサイズにあった教団がまるでマーケットメカニズムに沿う形であらわれ、そしてこれまた私達の欲望のサイズにあった「宗教ゲーム」を演じる。「ゲーム」は教団の逮捕摘発で終わり、彼らは第二の人生をリセットして再スタートすることになります。確かに自己啓発セミナー教団は限られた意味での「人生の規範」を与え、ネズミ講教団は拝金主義という規範をそれ自体では隙のないような説得術で「資本主義社会の規範」を教え、ヨガ道場は健康という「唯物論的な規範」を教えてくれはします。
  もちろん中世ヨーロッパの果てしなく不毛な神学論争もある種の観念「ゲーム」であり、現代日本に重なりあうような世俗性がありました。世俗的であるということが宗教の失格を意味するとは限らないのです。しかし既存の宗教が世俗化することと、世俗的な要求そのものから宗教が生まれることは全く違います。それを混同して、宗教には何でも許される、と考えるときに、過去の世界の宗教者を唖然とさせるような「軽さ」が、宗教に、取り返しのつかない蝕みを与えてしまう。ここで私は宗教についての社会学的定義につっかえを感じはじめます。
 哲学者ボードリヤールは、資本主義が煮詰まると、消費対象は商品価値としてでなく記号化された形で消費は無限に無意味化していく、といいましたが、これは宗教についてもまったく同様で、私達は宗教団体をマーケットメカニズムの派生として考える限り、ついには「消費」の対象として、記号的存在と考えるに至るに陥る、といっていいでしょう。「宗教心」が消費行為の一種として記号的存在と化し、宗教団体が他の法人と同じように消費行為で説明しつくされてしまうような記号的存在と化す。ボードリヤールの指摘がおそろしいのは、他の人間の感情と同様、「信仰」という、もっとも数量化されてはいけないものまでが数量化されてしまうということにあると思います。
 やはり宗教というものは規範の有無だけでその存在を説明できるものではない。「不自由への欲望」は確かに宗教の本質かもしれない。しかし自由や不自由が、マーケットやゲームの軽さをもってしまっては、人間や世界の始原に立ち返らせる、という宗教の性格を、ほとんど無意味なものにしてしまうのです。極大化された自由といえども「死」という絶対的な不自由に屈せざるをえないということ、つまり「死」を説明し、「死」の意味を獲得するものでなければ、自由を拘束できる重さも、不自由への欲望を満たす重さも、宗教には可能にならないのです。
 「死」というものまで追及された、自由と不自由は、おそらく、消費ということでは理解できないようなものを残している、というべきなのでしょう。
 「死の意味」の獲得を通じて、いろんな「始まりの過去」へと、「不自由への欲望」を昇華させていくこと、それが宗教ということでなければならない。それがゆえに、プラトンが「哲学は死の準備である」と定義された哲学と宗教は、きわめて複雑な形で近接している、ともいえるでしょう。自己啓発セミナー教団も、ネズミ講教団にも、「不自由の欲望」の実現の場があるだけで、その「欲望」は少しも昇華されていません。あるいは「死」への緊張を失い尽くしてしまった、多くの既存の宗教教団も、似たりよったりということができるでしょう。

 「日本人にとって宗教とは何か」という話に戻りましょう。
 もう教団や教義の形での宗教には、これからは何も宗教的な期待できないのかもしれない、と言う言説に、私はほとんど同意します。しかし私には、そんな時代になっても、私達(日本人)が「宗教」ということを失わないという確信があります。
 ドストエフスキーは「凶悪犯に殺される被害者といえども死の寸前まで自分の生の存続をどこかで疑わず、どこかで死を信じていない」と或る小説の人物に語らせましたけれど、この文章の冒頭、感傷的に回想している振りをしても、瀕死の中にいた私は、確かに自分の死を信じきるということまではできていませんでした。ドストエフスキーの言葉に従うならば、だからこそ、確実な時間に訪れる「死」こそが、最も残酷である、ということになります。死刑囚の最後の数日間が人間性の極限を示さざるをえないのは、確実に訪れるその「死」の残酷さゆえ、ですね。
 どんな形であれ、私達は執行間近の死刑囚がどこそこの宗教団体に入信することを批判するモラルを有していません。彼らが有してしまった、私達の日常からは想像できない明晰が、私達を畏怖させるからですね。しかしだからといって、おおくの宗教者が言うように、宗教(宗教教団)と私達の間に必然的な関係がある、ということには決してなりません。
 確実な時刻に訪れる「死」の物語ということならば、私達の国の神風攻撃隊の青年達が直面した「死」もまた、確実な時刻にやってくる死だった、ということができます。死刑囚は自分の罪を自覚し尽くすという、論理的に自分の確実な死を納得できる可能性をもっていたかもしれませんが、特攻隊の青年達には、そのような、論理的世界への道はふさがれています。浅はかな平和主義者は、彼らを皇国教育が追い詰めたのだ、といいますが、戦前教育や軍隊教育が、確実に死ななければならないという戦術を教えたということはまったくありません。神風攻撃というのは敗戦までの10か月の間だけ採用されていた戦法であり、決して日本軍の正攻法ではない。まして一般人を巻き込むイスラム教のテロリズムと同視するなどということは言語道断なことです。私が言いたいのは、そこでは「信念」ではなく「信仰」が圧倒的に優位していたのえはないだろうか、ということなのです。

 正攻法から引き離された彼らのほとんどが、宗教教団を信じることとは別に、確実な「死」という最も残酷な瞬間を、迎えることができたのはいったいなぜなのか。言い換えれば、神の視野、といえるほど、おそろしいほどに明晰になれたのかもしれない彼らは何をみることができたのでしょうか。それは体系的言語を拒絶している何かの視野だ、といえましょう。
 私は、目の前でどんな侵略がおこなわれていても、何一つ抵抗しないガンジーの非暴力主義はある種の「狂気」だけれども、その狂気を「正気」へと引き戻してくれるインド的なるものへの密着が彼にはあった、と思います。それは神風攻撃の青年達の「正気」に関してもいえることではないか、と思えます。小林秀雄は、「死を明日に控えた特攻隊の青年達をもし目の前にすれば、私達は言葉を失ってしまうでしょう」といいましたが、その「言葉にならない何か」という感情を、感覚的に、ある意味で非論理的に、解き明かして私達の一部にしていくこと、その終わりのない精神的行為が、私達日本人の宗教感情を解き明かすことになる、としかいいようがないでしょう。彼らが日本の歴史でもしかしたら最も美しい人々であったかもしれない、ということに私は何のためらいもなく同意します。しかし彼らがどうして美しくありえたのだろうか、ということはよく考えなければなりません。
 神風攻撃の青年達は、確実な「死」ということを意識しつくしたとき、おそらく完全な「無」ということを意識したのではないだろう、と私は考えます。完全な無宗教的感覚が、彼らに死を納得させたとはとうてい考えられない。彼らは極限的な状況で、やはり何かの宗教的な境地に到達したのではないでしょうか。たとえば私は自分の「無宗教体験」が永遠の「無」を意識した、といいました。
 しかし「無」ということも、それが概念であり、言葉である以上、何も表現できないもの、ということにはならない。サルトルは「無」には積極的無とでもいうべき、意識がそれを否定することによってある種の実在になるような無と、まったく意識されないようななし崩し的な完全な無としての消極的無を区分して自らの存在論をつくりあげましたが、「積極的無」ということは、言葉が原始的段階で他人の死に関して感じた「不在」という認識に近いといえます。「不在」という無が何かの宗教的感性になりうるということは、ありうるのです。「永遠に虚無になった人」が実在するというのはまったく矛盾しているようにみえますが、しかし言葉の世界というのはその矛盾を矛盾してしまわないようなことが可能です。私は日本人の宗教的感覚というのは積極的無ということのように思います。比べて、原始仏教の空の概念は、この積極的無ということとは明らかに別のもので、言葉の世界の外に飛び出ようとする試みに思えますが、私の説明は安易にすぎるでしょうか。

 そこで自分の「無宗教体験」を懸命に思い出してみて、この世界の自然のどこかに、自分が物質的に存在していくのだろうなあ、という感覚であったような気も「何となく」してきます。この「何となく」なのです。たとえば記述したように、哲学と宗教は実は「死」という要素を前にしてきわめて複雑に近接しています。しかし根源的に違うことは、哲学は徹頭徹尾、「言葉」を武器にして「死」と格闘する、ということです。宗教にとって最終的な武器は「言葉」ではありません。「死」にせよ「無」にせよ、「何となく」という、この広大でつかみ所のない感覚だ、といえるでしょう。たとえば「悟り」というのは、哲学の世界における「わかる」ということとはおそらく無縁の精神的段階だ、といえるのではないでしょうか。

 死後の世界の自分の存在を物質的に信じる、というのは確かに無宗教的ですけれど、しかし完全な無宗教であるか、といわれると、そうでないような気も「何となく」する。或る宗教学者が、「この空気の中にある美しい何か」ということが、日本人の宗教観の根本のすべてである、といいましたけれど、私が信じた死後の私の物質を、「自然」や「時間」と読みかえれば、私自身も含めて、理解しにくいと外国人や外国かぶれに言われるような、日本人の宗教性が、多弁を弄さない形で、明らかになってくるような気がするのです。
 小林秀雄は続けて、「死」は私達日本人にとって帰る場所である、というふうに、神風攻撃隊の青年達の精神性を表現していますけれど、この場合の精神性ということは、ほとんど「宗教性」と言い換えていいものです。そしてそれはやはり、「積極的無」の世界だ、ということができるでしょう。ニーチェはキリスト教(あるいは既存の宗教すべて)の教団と教義を揶揄して「つきつめて考えれば、キリスト教徒はただ一人しか歴史上、存在しなかった。その人物はゴルゴダの丘の十字架で死んだ。そして福音の言葉も十字架で死んだのだ」といいましたけれど、このニーチェの、ある意味においてもっとも宗教的精神を賞賛した言葉を逆行してとらえれば、神風特攻隊に具現化した日本人の宗教観こそが、もっとも宗教的精神らしい宗教観だ、ともしかしたらいえるのでしょうか。

 言論的体系も宗教的教義も、宗教の成立にとってまったく必須の条件ではないことを示すのが、他ならぬ日本人の宗教心である、ということになるでしょう。私がもっとも尊敬するある思想家は「信仰は信念と違い、ためらいながら語られるものである」といいましたが、まさに至言というべきです。「信念」は「何となく」にも「ためらいながら」にもついには対立してしまうものに他ならないのです。
 結論的にいえば、「日本人に宗教心はあるのか」という質問が投じられたら、何のためらいもなく「ある」ということになる、ということです。しかし続けて「ではどのような宗教を信じているのか」と問われれば、たちまち戸惑わざるをえない。「ある」「信じる」という言葉に関して、どのような了解が成立しているのか、確認しなければならないからなのです。
 私に言わせれば、日本人の宗教心というのは「ある(ない)」「信じる(信じない)」というようなシンプルな言葉であらわされるものではありません。しかし困ったことに、最近の優等生然とした人ほど、そういうシンプルな言葉に意識的になることができません。言葉の了解や確認をしないまま、どこそこの宗教教団のちっぽけなエゴイズムのなかのマーケットやゲームに踊らされて、宗教を消費し、その消費を他人に強制するという消費までも演じている。「日本」あるいはその宗教性ということを理解することは、どこそこの教団の教義を理解することより、遥かに知的でスリリングで感動を伴うものなのに、優等生然とした人たちは、この日本を覆い尽す「軽さ」の猛威に身を委ねて、宗教経験をしたつもりになっているようですね。他人事ではないのかもしれませんが、実に嘆かわしいことだと思います。

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